シルクロードの旅 アジスカラハン―E5(ヨーロッパ1号線)?君よ知るや南の国ー

アンカラ旅行記

marukunさんの旅行記

テーマ:鉄道・乗物

旅行記タイトル:シルクロードの旅 アジスカラハン―E5(ヨーロッパ1号線)?君よ知るや南の国ー

旅行期間:1991/08/〜1991/08/

旅行記の内容:

http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/





―― E5 ―風景― ――


ある風景に音楽が重なったとき、その風景は脳裏に焼き付いて離れない―――。

忘れられない映像として消え去ることはないだろう―――。



 アンカラ空港へ向けての飛行機が低空に入ると、アナトリア高原の麦畑の黄金色とポプラの緑を追いながら、ペンギン・カフェ・オーケストラの「チャーター便」という音楽が脳裏で重なった。

荒涼とした大地に、それでも生命の息吹が散りばめられた澄んだ空気。

思ったより乗り心地がよかったイスタンブール発アンカラ行きトルコ航空の中型ジェット機の窓からアンカラの大地を眺めつづけた。

 タラップを降りて、空気に触れる。

北海道あたりの初秋を思わせた。

風はないのに肌にやさしい空気に包まれる。
大気の妖精が身を包むように―――。

――おーい、雲よ、どこへ行くんだい?――




写真:

http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/





―― E5 ―風景― ――


ある風景に音楽が重なったとき、その風景は脳裏に焼き付いて離れない―――。

忘れられない映像として消え去ることはないだろう―――。



 アンカラ空港へ向けての飛行機が低空に入ると、アナトリア高原の麦畑の黄金色とポプラの緑を追いながら、ペンギン・カフェ・オーケストラの「チャーター便」という音楽が脳裏で重なった。

荒涼とした大地に、それでも生命の息吹が散りばめられた澄んだ空気。

思ったより乗り心地がよかったイスタンブール発アンカラ行きトルコ航空の中型ジェット機の窓からアンカラの大地を眺めつづけた。

 タラップを降りて、空気に触れる。

北海道あたりの初秋を思わせた。

風はないのに肌にやさしい空気に包まれる。
大気の妖精が身を包むように―――。

――おーい、雲よ、どこへ行くんだい?――




イスタンブールの旅行会社で、一泊食事つきのカッパドキアへ行くツアーに申し込み参加した。

カッパドキアへ向かう前に、観光バスで首都アンカラの主要ポイントを駆け足で巡る。

まずは、近代トルコの礎を築いたアタチュルク初代大統領が眠るアタチュルク廟、そして昔のサライ(隊商宿)を改装したヒッタイト考古学博物館である。

ヒッタイト博物館でのお目当てはスタンダードと呼ばれる鹿や牛を模った青銅の造形物。

 アタチュルク廟にまず着く。

バスを降り、大理石を敷き詰めた参道を歩き、丘の上の大きな広場にでる。

アンカラは丘の多い町だ。

アタチュルク廟はギリシア建築のような立派な支柱に支えられた大きな霊廟だ。

霊廟の外壁にはアタチュルクが革命時に青年将校に向けて行った演説の一部が刻まれている。

イスラム教は偶像崇拝を固く禁じているが、脱亜入欧を押し進めてきた父―アタチュルクの政策が今日も息づいており、自由な空気が流れているようだ。

この霊廟に参拝するひとが絶えないこと、あるいは街角いたるところで掲げられているアタチュルクの肖像画や顔写真のパネルを見かけるにつけ、トルコのひとびとの「もうひとつ」の拠り所を教えられた気がする。

丘からは全市街が見渡せる。
アンカラはなだらかな丘がつづく。

共和国成立時に定められたこの首都の名は、アンキュラ(谷底)を語源とする。

霊廟をあとにして参道を下るとき、入り口では気づかなかった大きな2頭のライオンの石像が見守っていた。
獅子ばかりではなく、アーミー服を着た衛兵が交代で24時間、この霊廟を守りつづけている。

ライオン像から参道に沿って植えられた赤いバラが印象的だった。

 バスはこの霊廟と博物館の2ケ所を見学した後、市内中心部をまわった。

アンカラは太古から集落があったらしいが、都市として成長したのはアタチュルクの政策と熱意による。

 バスは市街を抜け、私たちは一路カッパドキアへと向かった。

郊外で昼食となった。

乾いたアナトリア台地に似つかわしくない、とても緑の多い所のドライブレストランだった。

昼間から食事にはワインである。

これから向かうカッパドキア地方を中心に中部アナトリア地方はブドウの産地である。

そして、ワインの醸造でも有名な地である。

冷えた白ワインを流し込んでは、前菜のタマネギとトマトのサラダをつまんだ。

とても相性のいい組み合わせだ。

トルコはトマトの味がしっかりしている。

トルコで覚えた幸せなことのひとつに、トマトの味、があげられる。

太陽と乾いた大地のわずかな雨の恵でこんなにおいしい野菜が食べられるのだ。

―バッカスの神に乾杯―といきたいところだが、ここはマホメットの教える神の国だった――。

 ワインがかなり効いた。

結局、フルボトル2本をひとりで空けたのだ。

デザートにほとんど手をつけず、レストラン周辺を少し酔い覚ましに散歩することにした。

レストランを出ると大通りにポプラ並木がつづく。

今はアスファルト道になっているが、その昔、西はイスタンブール、ローマなど地中海世界へ、東はトルキスタンを通りカイバル峠を抜け、インド、中国へ続く道であることに変わりはない。

中部アナトリアは隊商宿(キャラバン・サライ)が博物館などになって今でも多く現存する。

その昔の旅人は、目的地への旅の空の下、何度月を仰ぎみたことだおろうか。

今は日本からトルコへは近く感じるが、この道が続く天山山脈は遥か遠くに感じる。

遠くの幻影――シルクロードを意識したとたん、この道がウルムチやカシュガルの街道と重なって見えてしょうがなかった。

通りに覆い被さるポプラの緑の合間から青空が垣間見え、雲がちぎれるように流れている。

その雲は、中央アジアから安息の地を求めて旅してきた遊牧民の糧である羊に似ていた。

――おーい、雲よ、どこへ行くんだい?――

ほぼドイツ人ばかりのツアー客(トルコはほんとうにドイツ人観光客が多い。
遺跡などに対する思い入れが日本人以上に強いと感じる。
また、近代史を遡れば、トルコとドイツが同盟関係にあったことも影響があるのかもしれない。
それにしてもシュリーマンの子孫たちの遺跡に関する執着心はすさまじく感じる。
ほとんどの観光客は年金生活に入っている老夫婦だが)を乗せたバスはカッパドキア地方へまっしぐらだ。

 E5(ヨーロッパ5号線)である。

アンカラよりカッパドキアまで約300キロの道のりだ。

ドイツ人はほとんど眠り、日本人はほぼお喋りに興じている。

私は車窓からの風景を食い入るように眺めていた。

車窓から眺める景色はどこまでもなだらかな丘、丘、そして糸杉やポプラの木々の緑が彩りをつけている。

緑があるところにはたいてい集落がある。

たわわに咲きほころんだヒマワリ畑もあった。

あちこちでガソリンを撒いて火をつけたような黒煙があちこちのぼっていたが、おそらく焼畑だろう。

まっすぐ延びるE5線はタンクローリーが多い。

先の湾岸戦争の影響で、EC加盟国にしてNATO軍にも属するトルコ政府は西欧陣営に組みし、隣国にして不仲であるシリアからの石油パイプラインが遮断されたことは新聞で知っていた。

タンクローリーがやたら多いのはそのせいだろうか?
そして、タンクローリーに次いで目立つのは軍用車だ。

バスを強引に追い抜いていくトラックの幌のなかにいる兵士たちはみな坊主頭で、眼光が消えているように見受けた。
トルコも徴兵制だ。

北にシリア、黒海を挟んでオスマントルコ時代以来宿敵(?)ロシア、エーゲ海を挟みギリシア、そしてキプロス問題、そしてイラクとの国境を挟んでのクルド人問題。

湾岸戦争が起きなければクルド人問題も私たちは知らないままだっただろう。

トルコはとても複雑な国情のうえに成り立っている国家である。

それにしても、おそらく同年代であろう青年兵士たちの光を拒絶するような目が痛く、罪悪感と虚しさが充満した。

変調のない景色は、やがてチュズ湖畔にさしかかり、色づけされた。

しかし、トルコ三大湖のひとつであるチュズ湖は真夏だからか、水はすくなく、沿岸は真っ白だ。

ここは塩湖である。

アンカラより車窓に釘付けだった意識も単調な風景に意識も朦朧としはじめた。

E5線は、シルクロードを元に中世に整備された歴史ある道だ。

アンカラをひたすら南下して、チュズ湖畔を進み、シルクロードの中継地のひとつであったアクサライよりE5と別れを告げ、カッパドキア地方の西の入り口であるネビシェヒルに向け、進路を西にとる。

 隊商宿がそのまま博物館になっているアジスカハーンで休息をかねた見学だ。

バスの運転手のドイツ語の案内などわかるわけもなく、遺跡をでて周辺を散策してみた。

遺跡を出て裏側にまわり、すぐのところでスカーフを被った若い3人の女性に手を振られた。

イスラム教徒は写真を撮られるのを嫌うが、彼女たちは違っていた。

彼女たちは撮影に快く応じてくれ、再びにこやかに手を振り去って行った。

黒のガラベーヤではなく色鮮やかなスカーフにはお洒落なレースがほどこしてあった。

彼女たちが自由で、とてもチャーミングにみえた。

3人とも手編みの籠を抱えていた。
畑で収穫にでも出かけていたのだろうか。

あたりは牧草をはむ牛や羊、放し飼いのにわとりも歩き回っていた。

そこを、老婆に手を引かれて歩く幼女が横切って行く。

この風景にペンギン・カフェ・オーケストラの「ローザソリス」という曲が重なった。

のどかなこの村で、ゲーテのある一節を思い起こした。

――君よ知るや、南の国。

かの国はレモンがたわわに実り―――。

 
 ネビシェヒルが近づきはじめたバスでレモンの香り豊かなコロンが客にふるまわれた。

トルコの長距離バスではこのコロンのサービスが当たり前らしい。
コロンヤという。

乾燥した肌につけると、不思議と長時間の移動の疲れがとれるらしい。

化粧瓶から腕に数滴振りかけると、なるほどレモンの強い香りが漂った。

車窓からは、空の青さにあいかわらずたなびくように白い雲が浮かんでいる。


――おーい、雲よ、どこへ行くんだい?――


やがて私たちは胎内へ帰るときがくるが、この風景は確実に残る――。


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